【一宮市】戦後75年。一宮空襲をご存知ですか?一宮市博物館の常設展にて当時の写真を見てきました。
戦後75年。皆さんは、一宮市にも空襲があったことをご存知ですか?一宮市博物館の常設展で、その当時の写真を見ることが出来ました。
写真の真ん中が”一宮空襲”について。その右が”戦後の復興と発展”について書かれています。
一宮市が本格的な空襲を受けたのは、昭和20年7月12日。12日深夜から翌日未明にかけて侵入したB29約20機の編隊が、市内北部の葉栗・西成両地区と今伊勢町に油脂焼夷弾を投下しました。
さらに7月28日午後10時頃には、マリアナ基地を飛び立ったB29約260機が一宮市上空に侵入。油脂焼夷弾の波状攻撃をしたのです。またたく間に火の海と化した一宮市。攻撃は翌午前2時まで反復され、その火は3日3晩燃え続けました。
この空襲で市街地の8割が焼失してしまいました。
主な被災建物は、一宮警察署、一宮税務署、一宮商工会議所、国鉄尾張一宮駅、真清田神社、一宮中学校、一宮高等女子学校、一宮商業学校、第1・第2・第5・赤見・瀬部の各国民学校等です。(詳細はこちら)
一宮市の空襲から数えてわずか18日後の8月15日、日本はポツダム宣言の受諾により終戦を迎えたのです。
数多くのかけがえのない人命を失うという、痛ましい苦難の時代。終戦をむかえた一宮市域では、戦災復興事業が行われ、市民生活も徐々に賑わいを取り戻していきました。
そして、昭和20年10月3日には”三八市”の再開、昭和31年には第1回七夕まつりが開かれました。
後、一宮市は、戦争のない世界、核兵器のない世界の実現、恒久の平和に向けて努力することを決意し、「平和都市」であることを宣言しています。(詳細はこちら)
このパネルが見られるところはこちら。
椅子の背面には、一宮市のあゆみが掲示してあり、縄文時代から知ることができます。
博物館では夏祭りが開催中です!
常設展・特集展示などが見られる年間観覧券も販売開始されました。
一宮市博物館をぐるっと観てきましたが、興味深い展示が多く、静寂に包まれた空間で、日常から抜け出したような、そんな感覚になりました。そして、知識を深めることの楽しさを味わうことができました。
夏休み中のお子様たちにもおすすめ!館内は涼しく、とても綺麗です。ぜひこの機会に利用してみて下さいね!
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